チャン・リーメイと岩井秀人(作・演出)
特別インタビュー

ハイバイが5月16日(日)から東京・神奈川・福岡の3都市で上演する『ヒッキー・カンクーントルネード』は5度の再演を経てもなお新鮮さを失わない、キラリと光る名作だ。
今回、特に注目したいのは「初めて組」「経験者組」異色Wキャスト!
「初めて組」は初めてこの作品に取り組む俳優で、「経験者組」は過去にその役を演じたことのある俳優ということ。
初めて組の人たちは(チャン・リーメイを除く)360人のオーディションから選ばれた強者達!!
ういういしさを選ぶか、いぶし銀を選ぶか、はたまた両方を楽しむかは、あなた次第だ。
同時にただ1人両組に出演するチャン・リーメイが、声優などの活動から久々に古巣のハイバイに出演するのもどこか意味深げで・・・。

「初めて組」のチケットは劇団HPで絶賛販売中!
ぜひぜひ劇場へ!

まず前回(初演2003年)と比べて、同じ台本だけど、何か感じ方が変わったところある?

あるあるある。なんか神がかってるなって気づいちゃった。

何が、台本?

そう。特に最後。
<以下ちょっとだけネタばれ。
読みたい人は空白の吹き出し部分をドラッグしてみよう>
綾が窓からみちのくプロレスを見つけるじゃない?そのときに「お兄ちゃん、自由席だよ」っていうでしょ。

うん。

自由席なんですよ!自由席って言葉がすごいなって思って。だって外に出ようよって言ってるわけでしょ?

どこに座ってもいいよ、みたいなことが?神がかってるってこと?

そう。外に行ったら何か楽しそうだし、とりあえずいってみようよって。自由席だよ、って。

確かに、指定席だったらいきなり狭い感じするもんね。
せっかく広がったけどまた外に出たのにって。なるほどね。

外は自由なんだよ、って言ってるんだよ。それと、最後のお母さんの台詞も「試合が遠くでやってるから見えない」っていうじゃない?
お母さん、最初さ、家からあの子を出したいっていってるじゃない?
でも、最後の電話では「そっち、遠いから見えない」っていってるの。

今度は何が神がかってた?

だから、お母さん、動けばいいのに動かないの。
一回電話切って見に行くでもいいのに、動かないの。

そうそうそう、それはそうなの。(公衆)電話って不思議じゃない?そこにいなくちゃいけないっていう。

お父さんと話している限り動けない、しばりなの。

最後は女性が自立する話なの、実は。(笑)

だからお母さん自身がひきこもりなんだよ。

そっか。書いてるときはただ楽しくて書いてて、ぜんぜんわかんなかったんだけど。
書いてるだけで(登場人物が)しゃべり始めるみたいのは感覚がすごいあったから。

そういうのってこれだけ?

ほかにもあるけどこの台本ほど笑いながら書いたのはない。あとは「投げられやすい石」っていうのだけ。

いきなり話とぶけど、自分の役以外でやりたい役ってある、次に?

圭一君はやってみたいけど、あまりにも初演の人の印象が強くてあれに勝てる気がしない。
綾は普通にできちゃうと思うけど、一番面白いのは黒木香織なのね。

なんだかよくわかんないポジションだもんね。
自分の中では全然一本通ってるんだけどね。目の前の人間には優しくないけど、本人的には人類のためと思ってやってる。人類を救うためだから。

うん、そう。

僕の中ではあの台詞が「これってどうなんだろうな」って思いながらずっと言ってもらってるのがあって、『(ひきこもりがひきこもっているのは)人を傷つけることが自分を傷つけることだ、って妄想を信じ込んでるからです』ってそこを妄想だって割り切ってるところが黒木のすごいところで、でも本来は別に、人の心を傷つけてしまうことで自分の心が傷つくことは、別に真実でもなんでもない。でもみんながそういう風に絶対思うってことが逆に黒木側の目線には不思議だな、って移ってて、色んなところに色んなジャンルの心が散らばっていて、遊びながら何かをしようとしている人っていう。

黒木が?

そうそうそう。
お母さんと話してるところとか、自分から何かを発信しながらでもお母さんをずっと観察し続けているみたいな部分は、初演でマト(チャン・リーメイ)に出てもらった以降の人達はそこはそんなにやらなかった。アウトプットでどういう風に強烈にするかというところに気をつけがちだったから。

私、黒木香織をやった時にエニアグラムやったのね。

エニアグラムって何?

アラビアの方の性格分析の分析法なの。9個くらい心理テストみたいのをやって、昔からリーダーになる人を選ぶときとか、補佐を選ぶときにやるの。
どれに向いてるかとか。それを黒木香織で一回やってみたの。

(爆笑)それを今すんなり言ってるけど、黒木香織でやってみたんでしょ、マトじゃなくて?
そこさ!初演の時から思ってたんだけど、初演のときってすっごいふざけながら作ったでしょ?

うん。

面白おかしい以外にもふざけ方ってあるじゃない?

うん。

僕はずっとマトがそういうふざけ方をしながら役者さんをやっているのは分かってたの。今回久しぶりに戻ってきて「まだふざけてるのかな」ってそこが気になってた。

できるのだろうかって?

そしたら、どっちかっていうとさらにふざけてるんだなっていうのが分かって。

ははは

それってさ、それをキープするのがこの何年間、大変だったの!分かってくれる人がいないと大変でしょ?

分かる分かる。

私達は、自分達の現実の心を元にふざけてるからそれを冷やかしたりしながらふざけるから、ある側面からは、リアルに見てもらえるんだけど、でも「リアルに見てもらっておしまい」じゃ、嫌じゃない?

嫌なの。ちょっとビュッてなってないとやだよね?

そう、ちょっとビュッてなってて、笑いながらみてもらいたいんだけど、それはいつ頃になったら僕叶うんですかね?

は?叶ってるじゃん?

笑いながらじゃないんだよ、ストレートな部分だけを受けとめられていすぎな感じで・・・。

そういう風な人もいるってことでしょ?

全員が笑ってちゃ、やだけど。怖いから。

最終的に自分が自分の芝居見て面白いかどうかじゃん。
だから、自分が観て面白かったらいいんじゃないの?

うーん。そうよ、最終はそうなんだけど、どうしても「どうしてこんなに伝わってないんだろう」って思ってしまうじゃない。
あ、さっき話してた黒木の心理テストの結果はどうだったの?

あのね、「論理で相手を攻めるひと」だったの。「怒」の感情が一番強いの。 黒木さんは相手を攻撃して攻撃して、攻撃することに生きてる充実感を感じるの。

ははは。

だから外に向いてるのね、ベクトルが。

そうだね。自分に問題があるとか全然思っていないっていうのが僕は面白いって思う。

そこがめちゃくちゃなところなの。自分より外にベクトルが向いてるんだけど、ひきこもりの人も元々はそうだと思うの。

分かる。色んなことを外のせいにしてるっていうのがまずあるから。

「自分に」よりも「外」に向いてて。外があまりにも気になるからこもっちゃった人じゃない?中にいるけど自分を見てるわけじゃなくて外を観てるの、家の中で。

外をただ見てて、怖い想像だけ膨らんで、もちろんいい想像もものすごい膨らんでんだけど、で、今の現実の自分と外の世界の怖い部分との間に大きなギャップがあるから、入りようがなくなっちゃって・・・。

染まれないや、ってね。

外を実際に見てもないし、行ってもないのに。

だから、似てるんだよね黒木とひきこもり。

本人がそれを問題として思うかどうかの、すごい若干だけど大きな違いで。 ---綾とお母さんの会話とも重なりますね。

「ひきこもり」と「実際の移動キョリ」の問答ね。 あれは冗談なんだけどね。でも否定できない冗談なの。 ぱっと聞いたときには冗談なんだけど、じゃあどこがオカシイかって聞かれるとよくわかんなくなるっていうか、「ひきこもりと外に出てる人の生活圏内の物理的な距離じゃなくて、じゃあどこで測ればいいか」っていわれたら一気に全然わからなくなるって言うか、家から「出る」、「出ない」以外で測るとしたらって言われたら、さっきの自分の心が外側にベクトルが向いてるかどうかは測れないし・・・

だから、黒木は精神的なひきこもりなんだよね。
ヒッキーの幻の続編(ヒッキー・カンクーンエンゲキリョウホウ)では黒木は崩壊するじゃない?

ははは、腐乱腐乱(フランフラン)っていう劇中劇をやって、

最後、ちっちゃい黒木さんになって終わっちゃうの。

思い出した!

黒木さんが演劇療法でがんばらせようとしてひきこもりを集めるんだけど、案の定滅茶苦茶になっちゃって、黒木さんがすごい責められて、圭一にすごい長い台詞で責められて、黙って退場しちゃうの。
それでまた出てきたら黒木さんが「わぁ~ チラチラチラ(小人の声で 文字では表せません。)」とかちょっとオカシイ状態で戻ってくるの。 それで終わっちゃうの。

すっごい面白かったけどね。だいぶ色んな人をとりのこしました。続編では。(笑)
<おわり>

「初めて組」のチケットはまだ購入できますので、ぜひ劇場へ!